眠れぬ夜のあなたへ

vol.3「自分らしい眠り」へのプロローグ

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さりげなく何気なく、自律訓練

医師から「自律訓練法」という療法の指導を受けることになったのは、通院から2ヶ月近くが経った頃だと思う。その頃には睡眠への不安や焦りはかつてと比べだいぶ軽減されていた。ただ睡眠時間は5、6時間ほどで、できればもう少し眠りたいところだった。

自律訓練について簡単にお話しすると(ちょっとばかり堅苦しい説明が続きますが、途中で眠気を感じたら、遠慮なく横になってください)、自律訓練とは、からだに注意を傾け自己に暗示をかけることで緊張や不安を解き、心身を整えていけるようにする方法である。自己暗示だから自身が必要なときにリラックス状態を作り出せるので、たとえば寝る前に行えば眠気につながる。薬以外の不眠治療法の代表的な方法といってもいいだろう。

イラスト自律訓練にはいくつかの段階があって、まず「気持ちが落ち着いている」と暗示をかけながら、四肢の先端に意識を集中させ、「手足の重さを感じる」ことからはじまる。私の場合、医院のベッドに身を横たえ、その横で医師がまるで読経のような低い声で「気持ちがー落ち着いているー」「右腕がおもたーい」と唱えるというやり方だった。最初、医師の独特な節回しの唸りに驚いたものの、数分間続けるうちに慣れ、けっこう脱力感が味わえた。それと同時に緊張が解けてぐったりしたからだを元に戻す消去動作も練習する。そうやって医師から手順を習ったあと、自分で行えるよう自宅で練習を繰り返していくわけだ。

その次の段階は「手足の温かさ」を感じる暗示で、さらに「呼吸が穏やかになる」「心臓がゆっくり鼓動する」「みぞおちが温かい」「胃、腸が温かい」「額が涼しい」と進み、効果を全身に深めていく。そういえば自律訓練の際、医師から何度も念を押された。「訓練とか思わずさりげなく何気なくね。くれぐれもがんばって習得しようなんて思わないで適当にね」

「私らしい眠り」の入口

イラスト服薬と「がんばらない」自律訓練の練習が「さりげなく」進んでいくなか、次第に私の眠りに変化が出てきた。いつしか昼寝を日課にするようになっていったのだ。以前から医師には「夜の眠りが足りないなら昼寝をとったらどう?」といわれていたものの、習慣がなかったからか眠気を感じることはあってもなかなか昼寝には至らなかった。ところが、ある昼下がり、床にごろんと転がるとすーっと眠っていた。小1時間だったがそれがすこぶる気持ちがよかった。一般的に昼寝は30分を越えない程度の時間がその後の活動を快活にするといわれている。それ以上になると眠りが深くなってしまうので起きたときにぼんやりしたり、また昼寝をとる時間帯によっては却って夜の睡眠に支障をきたしてしまうこともあるらしいが、この際そういったことはカッコでくくることにした。私の場合、昼寝を夜の足りない睡眠の埋め合わせ的な眠りと考えれば長めでも悪くないはずだし、なにより心地よさが優先だ。生活に支障がない限り、どうやって寝たっていいのだ。

ヒトの睡眠は生活上、夜にまとめて眠ることが一般的になっているが、動物界全体から見るとそれは特異なパターンで、分散して睡眠をとるのがほとんどの動物の眠り方である。また意識されることは少ないが、その「夜にまとめて寝る」というのも先進工業国に求められた効率のよい覚醒のための合理的な睡眠パターンであって、一部の国のある年齢の人たちの眠りにすぎない。自由業の私にはどうやら動物的な分散寝が合っていたらしく、以来、眠りへのプレッシャーも随分と取り除かれた。ようやく「自分らしい眠り」のスタートラインに立ったのかもしれなかった。一方、医師に習っていた自律訓練は、自宅での練習を続けるうちそれがそのまま布団に入るときの儀式のようなものになった。医者に通いはじめてから半年が経過していた。

[医療監修]
滋賀医科大学精神医学講座 教授 山田 尚登 先生

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