ヒトの生活リズムと光
京谷 京子 先生
2010年8月、チリで発生した鉱山の落盤事故で、33人が地下深い坑道に閉じ込められましたが、69日を経て全員が無事、地上へと生還しました。日が差さない、1日中、暗闇という条件の下で、このような長い時間を過ごすということは、まさに想像を絶する生活です。このような状態に置かれた時、ヒトの生活リズムはどうなってしまうのだろうか?皆様も報道をご覧になられて、そのようなことを思われたのではないでしょうか。
同じような疑問を抱いた人たちは、昔からいました。そして、20世紀の初め頃から、長い時間洞窟のような条件で過ごした場合の睡眠リズムについて、さまざまな実験がおこなわれてきました。それによりますと、1日中薄暗がりの中で時計がないという状態で自由な生活を続けると、睡眠のリズムは24時間からだんだん長くなり、25時間程度で固定してしまう傾向があることが分かりました。このことから、私たちは24時間の周期で生活していますが、生活リズムを24時間に正しくリセットする仕組みがあることが分かったのです。それは「光」です。朝、起きたときに浴びる光によって、私たちの生活リズムは毎日、24時間にセットし直されているのです。
交代勤務とリズム
このように光の重要な役割が分かってきたのとは対照的に、現代人は24時間リズムに逆らった生活を強いられることが増えているのは皮肉なことです。交代勤務、ジェット機での遠距離フライトなどがその際たるものでしょう。工場勤務者だけでなく、深夜勤務の飲食店やコンビニ店のシフト勤務なども含めると、わが国では5人に1人が何がしかの交代勤務に従事していると言われております。夜勤明けでふらふらなのに、横になって眼を閉じてもなかなか眠れない、という経験をされた方がいるかもしれませんね。確かに起きている時間が長いと眠りやすくなるはずなのですが、実は、もうひとつ体内のリズムというものも眠りやすさを決めているのです。このリズムにうまく乗らないと、スムースに眠りにつくことができません。
交代勤務をうまく乗り切るために
それでは、ハードな交代勤務をうまく乗り切るにはどうしたらよいでしょうか?先にご紹介した、強力な覚醒効果を持つ「光」をうまく利用するのもそのひとつの手段です。明るい光を朝に浴びると体内のリズムは前進し、逆に夜に光を浴びると後退します。
実際、この光を利用した試みが一部の企業でなされています。夜勤の時、通常より照明を明るくして頭をクリアにする、帰宅する時はサングラス(遮光)を掛け、帰宅後速やかに眠れるようにする、などの工夫です。
- ~睡眠リズムを確立するために重要なこと~
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- 食事
- 入浴
- エクササイズ などの日常の営み
夕方の運動はぐっすり眠るのに効果的、上手に入浴すれば熟眠感が高まる、など、自分なりに上手く使って良い睡眠に繋げられるようにしましょう。
先のチリの鉱山に閉じ込められた人たちは、幸いにも地上との連絡や時計という、時間を知る手がかりがありました。そこでNASAの専門家のアドバイスもあり、3つのグループにわかれて、監視の仕事、休息、睡眠を8時間ごとに規則正しく繰り返していたそうです。過酷な状況の下で、全員がほぼ健康な状態を維持して生還できたのは、このようなきちんとしたリズムを保てたからだ、と言われています。
夜勤のある看護師さんは、日勤のみの看護師さんに比べて疲労度が高く心臓疾患にかかりやすい、との報告があります。これは恐らく、夜勤によって生活リズムが崩れやすくなり、それが心身の不調に繋がるため、と思われます。無理なく睡眠を取れる、体に負担が掛からないリズムを確保することは、健康に過ごすために欠かせないことなのです。また、一般に年配の人は若い人に比べて交代勤務への順応がしにくいと言われますので、歳をとって若いころのように眠れなくなったと思われる方もおられると思います。そのような方は、改めてご自分の生活習慣を見直してみる必要があります。
交代勤務に従事する方々は、くれぐれも睡眠を重視し、そのために自分にあわせた規則正しい生活を送るように工夫して頂きたいと思います。