睡眠トピックス

矢崎葉子 連載エッセイ 眠れぬ夜のあなたへ 10年来の不眠症に悪戦苦闘。「不眠な人々」の著者が語る、眠れないあなたへの処方薬。

Vol.1「眠れないのはあなただけじゃない」

「眠れない」という孤独

思わず親近感を抱かずにはいられない、その女性はいにしえの絵巻のなかにいた。
平安時代末期、様々な病を描き絵巻物にしたてた『病草紙(やまいのそうし)』。そこに「不眠の女性」が登場する。同室の女官たちが黒髪を乱すのもお構いなしにぐっすり寝入るその横で、ひとりだけ身を起こし、うつろな視線で遠くを見つめながら指折り数えている女官……。詞書にはこう記されている。

「よもすがら おきゐて なによりもわびしきことなり とぞいひける」。

鬼や妖怪が存在したとされる漆黒の闇に覆われた平安時代の夜、眠れぬ時間を持て余したその女性は心に何を抱えていたのだろう。重く切ないため息が今にも聞こえてきそうだ。

はるか時を隔てた今、夜は賑やかだ。深夜のテレビ、パソコンや携帯もあるし、コンビニ、ファミレスは24時間営業、その気になればいくらでも時間がつぶせる。

けれど現代においても、「眠れない人々」の心によぎるものは平安時代の女官と同じく、「なによりもわびしきことなり」にちがいない。真夜中、みんなはすやすや夢のなかだというのに、自分だけ安らかな夜からおいてきぼりを食ってしまったような焦りと孤独。布団にもぐり直し、寝返りを繰り返すうちに、何だか部屋の時計の音が大きく聞こえる気もしてきて、苛立ちは増すばかり。羊を数えて眠ることができたのはいつの頃だっただろう・・・・・・。

かつて長い間、私もまた眠りに迎えに来てもらえない、ひとりぼっちの闇のなかにいた。

眠り方を忘れちゃった!?

私が不眠を感じるようになったのは20代後半の頃だった。
きっかけは、会社を辞めフリーランスの執筆業について生活環境が変わったことにはじまる。私のように職住一体のフリーの生活というものはただでさえメリハリが乏しくなりがちだが、その上、「夜型」ときていて、たいてい原稿に取りかかるのは日が暮れる頃。集中して原稿を書いたはいいが、いざ仕事を終えて寝ようと思っても今度はなかなか緊張が抜けない。
布団に入ってからも、疲れているはずの頭のなかに次から次へと「言葉たち」が、まるでマンガの吹き出しのように浮かんできて、わずかに感じていた眠気をどこかへ連れ去っていくのだった。

ワタシ、いったいどうやって眠りに入っていたんだっけ?

「寝ないでいる」のはあるところまで意識でコントロールできるのに、「眠る」ことは自然にゆだねるしかない。私は、思いが通じない愛しいものに執着するように「眠り」を切望した。
おまけに理想だけは高く、「すとんとぐっすり!できれば8時間!!」などと唱えていた。

しかし、眠りを意識し、「理想の睡眠」にこだわればこだわるほど事態は悪化した。
悶々と夜を過ごすこと数時間、朝刊が外のポストに入る音が響いてくるともうダメだ。
焦燥感に眠れぬまま朝を迎えてしまったという挫折感が加わり、ため息というには大きすぎる叫びが口をついた。

やがて、布団に入ることにも小さな怯えを抱くようになった。
「また今夜も眠れないかもしれない」。

眠れないのは私だけじゃない

けれど、不眠のことはなかなか他人に話せなかった。というのも、私は仕事仲間から「心臓を荒縄でぐるぐる巻きにしたような図太い性格」と称されていて、かたや私自身も実際には神経質な性分であることをできるだけ他人に見せまいとしてきたわけで、どこかで眠れない自分=線が細くてカッコ悪いワタシ、と恥じていたから、余計に言い出せなかった。ただ、不眠の悩みを友人たちに打ち明けたとしても、相手が「眠れる人」である場合、眠れないという状態がどういうものなのか、あまり理解してもらえないだろうと思う。

そういえば、目の下のクマを化粧で隠すことが日常だった頃、「眠れなくて疲れちゃった」とふと知人に漏らしたところ、こう返されたことがある。「ゆっくり寝れば治るよ」。また、別の場面では、「いいな。起きている時間が多くて得だよ」と羨ましがられたこともあった。

こうなったら眠れない人たちを取材してみよう。この頃の私は仕事にかこつけて、眠れない夜を重ねる「わびしさ」をわかちあえる誰かを欲していたのかもしれなかった。

いざ蓋を開けてみたら、たちまち「不眠仲間」が見つかった。日本人の5人にひとり、最近では潜在的な不眠を含めれば2人にひとりとの数字もあるほど不眠症は増えているというが、取材のなかでそれを実感した。話を聞いた人たちの不眠の背景は、仕事や家庭や恋愛にストレスを抱えていたり、またこれといった原因がないのに眠れなかったりと様々だったが、症状として共通して不眠が出てくるということは、ヒトの睡眠がいかに環境などに左右されやすく脆いものだということだ。

眠れないのは私だけじゃなかった。

デリケートな女性の眠り

聞けば、女性が睡眠に不満を抱くケースは男性よりも多いらしい。脳波の上での睡眠の質は、実は男性より女性の方が優っているという結果があるそうだが、にもかかわらず、不眠の訴えは女性の方が多いという。女のわがままか、気のせいか? いや、そうではなく、その理由として睡眠が性ホルモンに左右されることがあげられる。男女を問わず睡眠の質と量は年齢によって変化するが、女性の場合は初潮、妊娠、出産、閉経と一生のうちで女性ホルモンの分泌に大きな変動があり、個人差はあるものの、それが睡眠に影響するらしいのだ。たとえば生理前や生理中に眠気に襲われるというのもホルモンの影響からだ。

そもそも女性のからだは「生み育てる性」として男性よりデリケートに出来ている。
その上、女性は結婚や出産、育児などの生活の場面においても男性より直接的な変化を受けるし、働く現場では女性の多くが男性同様の仕事の質や量を求められて当然という現実を抱えている。
繊細なからだを持つ女性は少しの狂いや歪みでも心身への影響が少なくない。

さて私の話に戻そう。その後、私の不眠は悪化の一途をたどり、医者の門をくぐることになる。
不眠を感じるようになってから、実に8年余りの時が経っていた。今にして思えばもっと早く動けばよかった。
私の悪戦苦闘はまだしばらく続くのだけど、その経緯はまた次回に。
そろそろ眠気が来た頃だろうか?えっ、まだ?じゃあ、目を閉じて試しにゆっくり深呼吸などしてみませんか?

[医療監修]
滋賀医科大学 名誉教授 山田 尚登 先生
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